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食物アレルギー検査方法、見直せ 伊東繁(論壇)
95/ 3/28 朝日新聞 朝刊より
 
この十年余、わが国で食物アレルギーをめぐる論争が続いている。その背景には、この期間の急激なアトピー性皮膚炎患者の増加と、それに呼応するかのような「食物アレルギー患者」の増加とがある。

一九九二年の厚生省全国調査「アトピー性疾患実態調査報告書」によると、わが国の三歳児の中で、医師によってアトピー性皮膚炎がある、あるいは過去にあった、と診断された数は、実に32%にのぼる。

これに対する治療方法をみると、食物の摂取制限が三歳児の患者の16%である。アトピー性皮膚炎のない幼児も含めた三歳児全体の約5%、20人に一人の割合で食物の制限が行われていることが分かった。

しかも、驚くべきことに、医師や保健婦の指示による摂取制限は約60%で、それ以外は保護者の判断のみで行われていたのである。

これらの数値は、乳幼児のアトピー性皮膚炎と食物摂取との間に密接な関係がある、との思い込みに起因しているのではないか。この食物アレルギー論争は、すでに医学上の問題から社会問題へと発展しつつある。それは、例えば極端な食物制限による成長障害の例の報告や、小学校、保育園などでの給食献立の複数化の動きなどにみられる。

ところで、食物アレルギーの診断は多くの場合、RAST法という、食物に対して特異的に反応するIgE(免疫グロブリンE)という抗体が血液中にあるかどうかを調べる方法を用いるのが日本の現状である。欧米先進国で重視されている、食べさせたり除去したりして症状を厳密に客観的に観察する方法は、検査方法の煩雑さなどのために、わが国ではあまり普及していない。

米国のあるアレルギー学者の研究報告によると、RAST法で特異的IgE抗体があると判定された小児にその食物を与えたところ、実際にアレルギー反応がおきたのは四人に一人程度であった。大半の小児では、RAST法の検査結果と食物摂取とは、なんと、無関係であった。

筆者らは、かかりつけの医療機関で、RAST法により卵白、牛乳などの特異的IgE抗体があると判定され、これらを除去するように指導されている乳幼児などを対象に、その食物を食べさせて症状の出現の有無をみる、二重盲検法による検査をしてきた。約三十人の検査例では(1)食べても無症状(2)比較のための糖分と同等の症状(3)軽い症状が出たが治療の必要はなかった、のいずれかで、検査施行後、これらの乳幼児は特別の食物除去は不要で、普通に食事をしている。

この結果をみても、食物アレルギーの診断にはRAST法は実用的ではない。実際に食べさせて、客観的に症状の出現の有無をみる、厳密な検査法こそが、今や必要であることが明らかである。

にもかかわらず、RAST法による検査はとっくに健康保険の適用を受けている。一回の検査で十種類までは保険の範囲内でまかなわれ、一種類につき二千円の検査料が支払われる。

これに対し、筆者らの食物摂取試験は、一回の検査に家庭での観察を含めて丸三日間を要し、それを実物と比較の糖分の二回にわたって行うため手間がかかるが、健康保険は適用されない。それを患者負担にもできず、現在は無料サービスを強いられている。高い保険点数で行われたRAST法の弱点を、無料でカバーさせられているわけだ。

食物摂取試験に対する健康保険上の扱いは、適正に、すみやかに改善されるべきである。食物アレルギーの診断にかかわる医学上の問題も、緊急に解決すべき課題だと思う。

なお、小児期の早期から鶏卵を除去すると、ダニに対するIgE抗体産生が抑えられ、将来、アレルギーの発症を防げる、という説がある。しかし、アレルギーのない成人の半数にダニに対するIgE抗体があることを考えると、この説は根拠に乏しい。

最後に指摘しておきたいのは、RAST法が健康保険の適用対象となったのは八一年からであり、その翌々年からアレルギー関係の学会において、次いでマスコミなどで、一気に食物アレルギー論争が高まってきた経緯があることである。

(帝京大助教授・日本アレルギー学会評議員=投稿)